野球のシミュレーション おまけ

以下の3点について述べます。

  1. 打順戦略についての考察
  2. 敬遠の有効性
  3. 送りバントの使い方

まず、打順の効率的な組換え理論について。
前回(その2)、打撃成績の得点寄与率の線形近似によって単純な四則演算でチームの打撃力を求められるようになったので、これを用いて9人の打者の総合的なチーム得点力という意味での最適打順を高速に求めるプログラムを書いた。そしてこのプログラムに05年度の阪神と巨人のデータを入力して(この部分だけは新しくデータ取りました)実際のオーダーは最適化されているか?されていないなら最適化によってどの程度得点力が向上するかを調べました。
まず2チームの昨シーズンの代表的なオーダーと得点力理論値(の近似値)と実測値(現実には一部に変則なオーダーで臨んだ試合もあるので参考程度。特に巨人は多くの試合でより攻撃力の低い選手を起用せざるを得なかった)を以下に示します。

巨人 阪神
1 清水 赤星
2 二岡 鳥谷
3 ローズ シーツ
4 小久保 金本
5 高橋(由) 今岡
6 清原 桧山
7 阿部 矢野
8 仁志 関本
9 投手 投手
理論 4.506 4.513
実測 4.226 5.007

次に最適化した打順とその得点理論値(の近似値)を以下に示します。

巨人 最適打順 阪神 最適打順
1 清水 阿部 赤星 金本
2 二岡 高橋(由) 鳥谷 桧山
3 ローズ ローズ シーツ 今岡
4 小久保 小久保 金本 シーツ
5 高橋(由) 二岡 今岡 赤星
6 清原 清水 桧山 矢野
7 阿部 清原 矢野 鳥谷
8 仁志 仁志 関本 関本
9 投手 投手 投手 投手
理論 4.506 4.530 4.513 4.529
実測 4.226 - 5.007 -

見ての通り、最適化した打順と実際の打順は結構違うのにチームの攻撃力は殆ど変わりません。これは「打力の高い打者を4番周辺までに置く」という基本原則さえ守っていればどのようなオーダーを組んでも最適打順時の攻撃力に非常に近い攻撃力を得られるという事実を示しています。巨人はこの原則から多少逸脱(攻撃力を捨ててファンサービスを取っているのかもしれません)が見られますが、それでも攻撃力上のロスはほとんどありません。これらのことより、第一にいえる大きな結論は、打順に精密な理論は実用上まったく必要ないということです。このことを前提として些細なことを幾つか述べるとすれば、

  • ホームランだけでなくヒットや長打もそれなりに打てるバランスの取れた4番打者は1番にするとより効率的なことが多い。
  • ホームランバッターは5番以降にすると大きく効率が落ちるので4番以前が多くの場合望ましい。
  • 一般的な指針としてはシングルヒット率、二塁打率、三塁打率、本塁打率、四死球率を[1, 1.4 , 1.7, 2.3, 0.9]で重み付けして足し合わせた(数学的にいえば内積を取った)値を比較して上位打線、下位打線を決定するとよい。

といったことが一応言えそうです。ちなみに3点目の重み付けした値を調べることで選手個人の「真に得点に寄与する打撃力」を比較するのも面白そうですが、面倒なのでやってません。少なくとも打率、打点、本塁打数などをバラバラに比較するよりはるかに統一的な打撃力指標になると思います。
まあごちゃごちゃ言いましたがとりあえず打順はファンが喜ぶように決めるのが理論的にも一番です。

次に敬遠について
データは03年度の西武ライオンズのものを使います。たしかカブレラが鬼のようにホームランを打った年のもの。(ちなみにこの年のカブレラは10回(打席)にほぼ1回本塁打を打っている。(10打数に1回ではないので注意)僕はこの考察のために数百人のプロ野球選手の打撃データセットを作りましたが、1シーズン通して打席に占める本塁打の割合が1割を超える選手は一人もいませんでした)
アウトランナーなしで敬遠はありか?という質問があったので、まず基本データとして、2アウトランナーなしバッターカブレラという状況を50,000回シミュレートした結果を示します。
50000回試行。2アウトランナーなし打者4番。
平均得点0.206標準偏差0.565

0点 84.98%
1点 11.0%
2点 3.04%
3点 0.55%
4点 0.32%
5点 0.09%
6点 0.01%
7点 0.0%
8点 0.0%
9点 0.0%
10点超 0.0%

見方がわからないということは無いと思いますが一応説明。「〜点〜%」というのはそのイニングでその点が入った頻度をパーセント表示したものです。つまりこの場合(つまり普通に勝負すると)「0点84.98%」とありますので85%くらいの割合で無得点に抑えられるということです。余談ですがこの無失点率、2アウトランナーなしの無失点率としては破格の低さです。(通常88〜93%くらい)
次に敬遠した場合、つまり2アウトランナー1塁打者5番という状況のシミュレーション結果。
50000回試行。2アウトランナー1塁打者5番。
平均得点0.278標準偏差0.754

0点 85.13%
1点 5.5%
2点 7.1%
3点 1.24%
4点 0.82%
5点 0.14%
6点 0.04%
7点 0.02%
8点 0.0%
9点 0.0%
10点超 0.0%

ほーんの少し無失点で切り抜けられる確率が上昇しました。しかしおそらく有意差は無いでしょう。しかもこのシミュレーター自身も走力を考慮しないなどの誤差を一定量含むので「無失点に抑えられる確率がもしかしたら少し増えるかも」程度の差といえると思います。また、平均失点や失点のばらつき(標準偏差)は共に上昇しました。(特に2失点率の上昇が顕著)以上より「失点が確実に敗戦につながる場面でおまじない程度の効果はある」とはいえると思いますが、期待失点を抑えたい状況、つまりその他の普通の状況では「2アウトランナーなしでホームランバッターを敬遠」は得策ではないようです。
ちなみに1アウトの場合はさらに敬遠の分が悪く、無失点率すら低下します。よって1アウト以下では基本的にいかなる状況でも敬遠は良くないようです。(満塁策等ランナーがいる場合も基本的にはこの傾向は変わらない。一般にランナーがたまることによる不利益は強打者をやり過ごす利益よりずっと大きい)
また、カブレラのような超ホームランバッターでもこの程度の結果なので通常の4番打者に対してはさらに敬遠のメリットは小さく、いかなる状況でも敬遠は失点率、期待失点、ばらつきを高め不利な選択となります。
とここで、ここまでの話に対して当然生じるであろう疑問に答えておきます。それは「敬遠した後の打者がすごいヘボ(例えば下位打線やピッチャー)だったらどうなのよ?」という疑問です。これに対してはピッチャーが打席に入るセリーグの03年度ヤクルトのデータを改変して検討しました。(ヤクルトにしたことに対する深い意味はないです)この年のヤクルトの下位打線7番〜9番の打撃成績は以下のようなものでした。

打順 安打率 二塁打 三塁打 本塁打 四死球
7 .176 .055 .002 .034 .062
8 .197 .054 .000 .020 .100
9 .150 .020 .000 .000 .070

9番はピッチャーで概算値。このデータを7番がホームランバッターになるように次のように改変しました。

打順 安打率 二塁打 三塁打 本塁打 四死球
7 .176 .055 .002 .094 .062
8 .197 .054 .000 .020 .100
9 .150 .020 .000 .000 .070

このようにして2アウトランナーなし打者7番と2アウトランナー1塁打者8番を比較するわけです。以下に結果を示します。
50000回試行。2アウトランナーなし打者7番。
平均得点0.152標準偏差0.449

0点 87.29%
1点 10.87%
2点 1.46%
3点 0.21%
4点 0.1%
5点 0.04%
6点 0.02%
7点 0.01%
8点 0.0%
9点 0.0%
10点超 0.0%

50000回試行。2アウトランナー1塁打者8番。
平均得点0.154標準偏差0.572

0点 91.11%
1点 4.19%
2点 3.7%
3点 0.53%
4点 0.31%
5点 0.06%
6点 0.06%
7点 0.04%
8点 0.0%
9点 0.0%
10点超 0.0%

無失点率が明確な上昇をみせました。つまり失点が敗戦に直結する場面では敬遠がよい戦略に…一見見えますが、通常そのような大事な場面では「代打」が出るでしょうから残念ながらこの場合も敬遠は良くない選択といえるでしょう。(省略しますが8番が強打者の場合も同様の傾向)通常の場面では代打は出されないかもしれませんが、期待失点的にも敬遠は優れていないので(失点率が低下する代わりに複数失点率は明確に上昇する)そもそも敬遠する理由がありません。よって「後ろの打者がヘボい場合も敬遠は通常不利」という結論でよいかと思います。
以上でみてきたように、敬遠は殆どの場合期待失点を増大させるだけでなく失点率も減らすことができない不利な戦略であり、通常選択されることはあってはならない!と言いたいところですが、実際にはピッチャーと打者の相性や相手チームの代打の駒の兼ね合いなどで勝率を最重要視するとしても絶対にないということはないのかもしれません。ただ、カブレラを平場で敬遠するのはほぼ誤り(もしくは運がよければ無意味)と言ってよいと思われます。敬遠しても著しく不利というわけではありませんが、失点を少しでも減らしたいなら素直に止めるべきでしょう。
最後に送りバントについて少し触れます。
まず大前提として、送りバントは攻める側からすると期待得点を犠牲にして得点率(1点以上得点する確率)を上げる行為です。このトレードオフが問題になるわけですが、通常(1,2塁を2,3塁にする送りバントでも)送りバントは、少しの得点率上昇と大きな期待得点の損失を伴います。(長くなるので細かいデータは省く)従ってプロ野球において送りバントをするべき状況は終盤で1点差などの場面に限られるようです。(逆に終盤1点差などでは送りバントを行ったほうが勝率はあがるでしょう。これは殆ど打順依存性もない傾向です)
現実のプロ野球では送りバントはほとんど行われていないようですが、こういったことを踏まえると僅差(ちなみに2点差はこの場合僅差ではない!)の終盤にはもっと送りバントを行ったほうがよいと思われます。ただ、勝つことが最優先の目的でかつ、ほぼ確実(だいたい9割以上)にバントを成功させられるのであればということになるでしょうが。ちなみにセリーグでピッチャーだからと言って安易に送りバントさせている例がありますが、意外とこれは正しい。
あと、今回の考察はプロ野球を対象としたものなのであくまで直感的な感想ですが、最後に送りバントがよく見られる高校野球について触れます。ひとつめは高校野球は序盤(または2点差以上時)に送りバントすることを止めればもっと勝率が上がるということ。もうひとつは、しばしば見られる1アウト後の送りバントはほとんど全ての場合明確に得点機会を損なっているということです。憶測に満ちた危険な言い方をすれば、高校野球プロ野球に比べて打者の出塁率が高いと思われるのでプロ野球以上に送りバントのメリットは少ないように思います。(これは特に推測です。「いやいやお前みたいな素人には分からないだろうが選手個々に個性や相性があって…云々」といった反論にははむかう余地もございません)
…長くなりましたが、以上で野球についての考察、とりあえず終了とします。
なお、今回の考察はあくまで得点力最大化するという観点で行っています。実際はプロ野球高校野球が最終的には得点力最大化を目指していないことは僕も認識しており、そういった意味で今回の考察に直接的に現状の戦略を批判する意図はありません。